神戸地方裁判所 昭和36年(わ)1649号 判決 1967年11月29日
被告人 石丸敬太 木戸栄二
主文
被告人石丸敬太を
判示第一の(一)の(1) ないし(4) 及び(二)につき罰金三万円に
判示第一の(一)の(5) ないし(10)及び(三)につき罰金四万円に
被告人木戸栄二を罰金五万円に
各処する。
被告人両名において右各罰金額を完納することができない場合には一日金五百円の割合で、その被告人を労役場に留置する。
訴訟費用中証人谷口桂、同山田久義、同友原晋悟、同日置兵蔵、同長野元員、同青木積之介、同尾崎秀以知、同横尾好夫、同山本寛治、同白川恒一、同甲山隆三に各支給した分は被告人石丸敬太の、証人福田龍運、同井上紀子、同北田正芳、同中山雅昭、同安住洋子に各支給した分は被告人木戸栄二の各負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
第一被告人石丸敬太は
(一) 法定除外事由がないのに自家用乗用自動車(兵五そ八四九〇号)に、
(1) 昭和三六年三月三〇日午後七時四〇分頃神戸市生田区阪急三宮駅前附近道路において谷口桂外一名を乗用させて六甲山を経て同市灘区将軍通三丁目まで運転し、その対価として金一、〇六〇円の交付を受け
(2) 同年四月一二日午前一〇時二〇分頃同市兵庫区水木通一丁目三五番地先附近道路において山田久義外一名を乗車させて同市長田区長田交叉点附近まで運転しその対価として相応の金員の交付を受けるべく同市長田区北町一丁目まで運送し
(3) 同年五月一〇日午前一〇時半頃神戸市生田区北長狭通一丁目附近道路において、友原晋悟を乗車させ金九〇円の対価を徴して同人を同市兵庫区湊町四丁目附近路上まで運送し
(4) 同月一二日午後二時四五分頃同市兵庫区楠谷町附近路上において、村井いく代を乗車させて同市灘区南町四丁目附近路上まで運転しその対価として相応の金員を受ける目的で同所まで運送し
(5) 同年六月二九日午後七時二〇分頃神戸市生田区加納町附近路上において日置兵蔵を乗車させて同市灘区上野通七丁目一四番地先路上まで運送し、その対価として金一一〇円の交付を受け
(6) 同年七月九日午後九時四〇分頃同市兵庫区水木通一丁目附近路上において、金谷秋均外三名を乗車させて、同市灘区箕岡通四丁目附近路上までその対価として右金谷より金二五〇円の交付を受け
(7) 同年八月一日午後三時四五分頃神戸市葺合区布引町四丁目附近路上において長野元員こと島崎鹿平を乗車させて同市生田区加納町三丁目附近路上まで運送し、その対価として同人より金一四〇円の交付を受け
(8) 同月七日午後六時三五分頃同市生田区加納町四丁目阪急神戸駅東口附近路上において、青木積之介を乗車させて同市葺合区熊内町一丁目附近路上まで運送し、その対価として同人より金六〇円の交付を受け
(9) 同年八月二九日午後七時頃神戸市生田区加納町四丁目阪急ビル山側附近路上において川村 次を乗車させて同市灘区五毛通四丁目七まで運送しその対価として一三〇円の交付を受け
(10) 同年一一月二七日神戸市生田区阪急三宮駅山側附近路上において尾崎秀以知を乗車させて同市葺合区坂口通まで運転しその対価として金八〇円の交付を受け
もつて、それぞれ自家用乗用自動車を有償で運送の用に供し
(二) 昭和三六年五月二七日午前〇時二〇分頃神戸市灘区将軍通四丁目六番地附近道路上において兵庫県公安委員会が道路標識によつて最高速度と定めた三五キロメートル毎時をこえる六〇キロメートル毎時の速度で普通乗用自動車、(兵五そ八四九〇号)を運送し
(三) 昭和三六年一一月三日午前〇時五〇分頃神戸市長田区腕塚町二丁目一番地先道路において兵庫県公安委員会が道路標識によつて最高速度と定めた三五キロメートル毎時を超える七二キロメートル毎時の速度で普通乗用自動車(兵五そ八四九〇号)を運送し
第二被告人木戸栄二は
(一) 神戸市長田区大橋町七丁目一番地河野佳市方に事務所を有する近畿旅客自動車運送事業公正会神戸支部(昭和三五年五月二五日発足、同年八月二八日解散)に所属(昭和三五年七月二三日入会)していたものであるところ、同会支部長高畑常市、副支部長永江義親等と共謀して計算器、二粁まで六〇円の基本運賃の標示板、公正会のマーク等をとりつけた自家用乗用自動車(兵五な〇二六七号)を使用し運輸大臣の免許を受けないで一般旅客の需要に応ずるいわゆるタクシー営業を営むことを企て、昭和三五年七月二三日太田時和の需要に応じ同人を同区五番町二丁目附近市電筋路上から同市生田区阪急三宮駅附近路上まで運送した外同日から同年八月二三日までの間合計約四三回に亘り神戸市内及びその周辺において一般旅客の需要に応じ運賃合計約七、〇〇〇円を収受して一般旅客を運送し、もつて一般乗用旅客自動車運送事業を経営し
(二) 法定除外の事由がないのに自家用乗用自動車(兵五な二三三三号)に
(1) 昭和三六年三月二八日午後三時二〇分頃神戸市生田区加納町三丁目市電筋路上において増井深佐子外一名を乗車させ、同区北長狭通一丁目路上まで運送しその対価として相応の金員の交付を受けるべく同所まで運送し
(2) 同年四月六日午後八時頃同市兵庫区上沢通一丁目一五神戸電鉄神戸駅前路上において福田龍運を乗車させ同区浜崎通四丁目国鉄兵庫駅まで運送しその対価として金六〇円の交付を受け
(3) 同年同月一六日午後二時三五分頃同市生田区中山手通三丁目市電筋路上において井上紀子を乗車させ同区東川崎町一丁目国鉄神戸駅まで運転しその対価として相応の金員の交付を受けるべく同所まで運送し
(4) 同年五月四日午後一時五〇分頃神戸市生田区加納町二丁目附近道路において北田正芳他一名を乗車させて、神戸市長田区三番町五丁目二番地先まで運送し、その対価として、右北田より金一五〇円の交付を受け
(5) 同年九月二七日午後八時過頃神戸市生田区国鉄元町駅東口南側附近道路において中山雅昭他一名を乗車させて同市須磨区離宮西町一丁目まで運転しその対価として右中山より金二八〇円の交付を受け
(6) 同年一一月一日午後七時頃神戸市生田区加納町二丁目附近道路において安住洋子を乗車させて同市葺合区宮本通四丁目まで運転しその対価として金六〇円の交付を受け
(7) 同年一一月一五日午後六時一五分頃神戸市葺合区熊内町一丁目市電停留所附近道路において大久保美佐子を乗車させて同市須磨区板宿まで運送しその対価として相当の金員を受けるべく、同市葺合区布引町一丁目四番地先道路まで運送し
もつてそれぞれ自家用乗用自動車を有償で運送の用に供し
たものである。
(証拠の標目)<省略>
(法令の適用)
(一) 被告人石丸敬太の判示第一の(一)の(1) ないし(10)の各所為は各道路運送法第一〇一条第一項第一二八条の三第二号(各罰金刑選択)、同(二)(三)の各所為は各道路交通法第六八条第二二条第二項第九条第二項第一一八条第一項同法施行令第七条昭和四〇年八月二四日兵庫県公安委員会告示第一〇二号による廃止(最高速度を毎時四〇キロメートルに定めたことに伴う)前の昭和三五年一二月一九日兵庫県公安委員会告示第八七号(各罰金刑選択)。右判示第一の(一)の(1) ないし(4) 及び(二)の各所為は前記確定判決との関係で併合罪につき刑法第四五条後段第五〇条第四八条第二項。
右判示第一の(一)の(5) ないし(10)及び(三)の各所為は併合罪につき刑法第四五条前段第四八条第二項。
(二) 被告人木戸栄二の判示第二の(一)の所為は刑法第六〇条並びに行為時においては昭和三五年法律第一四一号道路運送法の一部を改正する法律(昭和三五年九月一日施行)による改正前の道路運送法第一二八条第一号に、裁判時においては右改正後の道路運送法第一二八条第一号、に該当するところ、犯罪後の法律により刑の変更があつたときに当るから、刑法第六条第一〇条により軽い右行為時法の刑(法定刑は罰金刑だけ)による。同(二)の(1) ないし(7) の各所為は道路運送法第一〇一条第一項第一二八条の三第二号(各罰金刑選択)
右は併合罪につき刑法第四五条前段第四八条第二項。
(三) 被告人両名の換刑処分につき 刑法第一八条。
被告人両名の訴訟費用の負担につき 刑訴法第一八一条第一項本文。
(認定上説明を要する点)
一、判示第一の(一)の(7) の事実中の乗客の氏名を起訴状公訴事実記載の長野元員とせず長野元員こと島崎鹿平と認定した経緯について
証人長野元員に対する裁判所の尋問調書によれば、長野元員は右事件の乗客は自分ではなく、同人の弟の島崎鹿平であること、その理由は自分は右事件の乗客となつていないが、右鹿平から右事件の乗客となつたことにつき警察官から取調べを受けた旨聞知していると述べていること、検察官は長野元員と称した男として島崎鹿平の証人調べを申請し採用せられたが同人において召喚状の送達を受けながら出頭せず、その後転居先不明となつていること、弁護人及び被告人はその後において長野元員の司法巡査に対する供述調書を同意しその証拠調後に島崎鹿平の証人調べが取消されていること、長野元員の年令は満三九才であるのに、右供述調書中の年令は三〇才となつていること以上の諸点を総合すると、検察官側、被告人側ともに右供述調書の供述者は自称長野元員こと島崎鹿平であるとの前提で証拠調の請求をなし、これに同意したものと認められ、また被告人側においては右同意の当然の前提として前掲長野元員の裁判所の尋問調書中の島崎鹿平から伝聞した部分について刑訴法第三二六条第一項の同意を暗默の間になしたものと推認できる。
右の次第であるから、右乗客を判示のとおり認定したのである。
二、判示第二の(一)について
(一) 当裁判所は道路運送法第一二八条第一号にいう「第四条第一項の規定に違反して自動車運送事業を経営した者」とは運輸大臣の免許を受けず常時他人の運送要求(需要)に応じ自動車を使用して(自己のため主体的に運送の用に供して)反覆継続的に行う目的をもつて運送行為をなす者」をいい、したがつて、自家運送(例えば、幼稚園が園児の送迎につき自家用バスにより運送行為をするなど)一時的運送を含まず、単に他人の従業者として自動車を運転するにすぎない者を含まず、運送に対する対価の有無を問わないと解する。
(二) 被告人木戸栄二の判示事実は前項無免許経営の要件に合致すること明らかであるところ、その実体につき少しく説明を加えるに、前掲証拠によると、判示公正会神戸支部は個人タクシーの免許獲得運送を目的に掲げ、運転担当者は会員として右運動員名下に公正会の標示板、計算器、マーク等を取りつけた無免許自家用自動車を運転して神戸市内を流し乗客の要求があれば、賛助員証の有無を確認し、賛助員証を持たない者にはこれを交付した上運送し、その走行距離に応じて計算器により算定した金額を支援金として受取り、一月を通じて二五日運動し、一日平均五百円を公正会に納入し内六割の返給を受け、右五〇〇円を超える部分については公正会はタツチせず運転担当者個人の収益とすることを默認するという運営をなしており、被告人木戸栄二は公正会神戸支部の結成者である高畑常一、永江義親等より右運営方法を聞き右運転担当者の業務をなすべく会員となり、右高畑、永江等と意思を相通じて右運営に則り同被告人においてその所有する自家用乗用自動車を使用して判示第二の(一)記載のとおり運送行為(公正会に対する支援金納入関係分)をなしたものであつて、右賛助員というもその実質は一般乗客すなわち他人にほかならず、支援金というも内実は運送の対価たる運賃であるからその運送行為の実体は自家用乗用自動車による無免許タクシー営業というを憚からないから、結局右被告人木戸栄二の所為は前掲判示所為に帰するので、これを道路運送法第一二八条第一号該当行為と認めたわけである。
(三) 判示第一の(一)の(2) (4) 、第二の(1) (3) (7) について
右各所為につき当裁判所は道路運送法第一〇一条第一項本文にいう「有償で」とは、名目、金額のいかんを問わず、運送の対価(運送に対する反対給付をいい、社交儀礼的なものを除く。)を収受することであり、対価を現実に収受した場合のほか、現実に対価を収受するに接着したものとみられる場合すなわち対価を授受する明示默示の合意のある場合及び対価を収受する目的で運送した場合も含まれると解する立場を採つたものである。
(弁護人の主張に対する判断)
一、憲法違反の主張について
(一) 弁護人は、タクシー営業を免許制とする道路運送法第四条第一項は既得権者の独占的独善的運営を擁護する機能を有し公共の福祉を阻害する制度であるから職業選択の自由、営業の自由を保障する憲法第二二条第一項に反する違憲立法であつて無効であり、これを維持するための同法第一〇一条第一項も違憲性を帯びると主張するので、次に審究する。
(二) 憲法第二二条第一項は職業選択の自由、営業の自由を公共の福祉に反しない限度で認めることを宣明し、公共の福祉の要請があればその自由が制限せられることを明示しているところ、道路運送法第四条第一項のタクシー営業の免許制が右公共の福祉に合致するか否かにつき考えるに、或は既得権者の利益擁護的傾向、利用者の利便無視的傾向、汚職関係等の生ずる余地を持つとはいえ、これらはいずれも行政指導並びに運営面においてそれぞれ是正の道があり、また自由営業に委ねると一時的、局部的にはともかく全国的長期的な見地からみれば交通の無法状態に陥る危険が大であることに鑑みると、わが国の交通状況及び道路運送の実情に照らし前記免許制は道路運送法第一条の目的に副い、公共の福祉を増進するものといえるから、前記自由を制限しているけれども、前記憲法の規定に違反したといえないので、弁護人の前記違憲の主張は採らない。
二、構成要件不該当の主張について
(一) 弁護人は被告人等の判示第一の(一)、第二の(二)の各所為は公共の福祉を増進したものであるから道路運送法第一〇一条第一項の構成要件に該当しないと主張するも、右主張は同条項但書の法定除外事由を充足するに足りないから、結局それ自体失当を免れない。
(二) 次ぎに、弁護人は被告人等は右各所為当時兵庫県タクシー運転者共済組合に属してしたものであるところ、前記運送行為は組合員を運送したもので、他人を運送したものでなく、運送の際収受した金員は組合員の組合に対する維持費を受取つたもので、運送の対価でないから有償運送でなく、道路運送法第一〇一条第一項の構成要件に該当しないと主張するので、以下審究する。
(三) 被告人等が弁護人主張の共済組合に属していたとの証拠は全くない。しかして、当時被告人石丸敬太は右共済組合と無関係の兵庫県タクシー運転者共済兵庫支部(再建委員会)に、被告人木戸栄二はタクシー民主化運動革新同盟にそれぞれ属していた皆被告人等の各供述調書中において述べているので便宜その運送の実体につき検討を加えてみたい。
(四) 被告人石丸敬太の各供述調書によれば、右再建委員会は甲種組合員(自動車運転者)と乙種組合員(利用者)とからなり、甲種組合員においてその所有しまたは会の自家用乗用自動車をもつて運送することを業とするものであつて、巷を流している甲種組合員が利用者から運送を求められた際には乙種組合員か否かを確かめ、乙種組合員でない場合には組合加入の申込をさせて出資金二〇円を徴した上で運送し、利用者からは走行距離に応じ車内に取付けた計算器の表示により算定された金額を分担金としてこれを委員会に納め、右会より月給を受けるが、乙種組合員は運送の利用ができるだけというのであるから、乙種組合員は実体は一般乗客(他人)というほかなく、分担金も運送による対価にほかならないというべきである。
そうすると、被告人石丸敬太が判示第一の各所為につき右甲種組合員として右会の自家用乗用自動車を用い乙種組合員を乗客として運送し、分担金を受領したというも、その実体は帰するところ判示第一の(一)記載のとおりであつて、これらは道路運送法第一〇一条第一項の構成要件に該当するというべきである。
(五) 次ぎに、被告人木戸栄二の昭和三六年三月頃加入した前記同盟は同人の判示各供述調書及び室木正男の検察官調書によれば、タクシー業界の民主化運動(自由営業制)を目的とし自家用乗用自動車の所有者が相寄り結成したもので、独立採算制を採用し、神戸市内を流す際には運動員と称して一般乗客を運送し、資金カンパ名下に走行距離を基準にしてほぼこれに相応する対価すなわち運賃を受け、または受ける目的で運送していたものであつて、被告人木戸栄二が判示第二の(二)の各所為を自己所有の自家用乗用自動車を用い右の運動員となり、一般乗客より資金カンパを受領したというも、その実体は帰するところ、判示第二の(二)記載のとおりであつて、これらは道路運送法第一〇一条第一項の構成要件に該当するというべきである。
なお、被告人等の右各所為に対し判示第二の(一)のような無免許経営を訴因とせず、有償運送(自家用自動車の有償運送供用者であればそれぞれが自己のためにする運送供用であると、他人のためにするものであるとを問わない)を訴因としたのは主として共謀の内容、主体性、常時継続性などの諸点についての実体がないか或は補強証拠などの資料が不足のため前者によりえない実情にあつたためであろう。
(六) 右の次第であるから、弁護人の構成要件不該当の前記主張は採らない。
三、違法性阻却の主張について
(一) 弁護人は被告人等の道路運送法に関する所為はタクシー営業の免許制の弊害除去のためになされたもので、手段方法も相当であり、これにより個人タクシーの免許、増車などが実現し、公共の福祉を増進できたのであつて、法の秩序の精神、社会正義の理念に適合する正当な行為で違法性を阻却すると主張する。
(二) しかし、被告人等の右所為が道路行政上資するところが多々あつたにしても、合憲な免許制の除去を目的としたり、道路運送法を無視した手段を採つたことを正当ずけるに足る理由とならず、非常緊迫事態(道路運送法第一〇一条第一項但書の運輸大臣の許可を俟ちえないほどの状態)における相当な所為とも認めがないので、弁護人の右主張は採用の限りでない。
そこで主文のとおり判決する。
(裁判官 矢島好信)